難聴の弟と育った姉の 「手話ができる弁護士」をめざす道のり 弁護士の藤木和子さん

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今回は、弁護士の藤木和子さんへのインタビューです。
プロフィール

藤木さんは、東京大学のロースクールを卒業後、4年間の弁護士活動を経て、埼玉県所沢市の国立障害者リハビリテーションセンター学院手話通訳学科に入学し、今年2018年に卒業。
現在は、弁護士に復帰して、筑波技術大学の聴覚障害学生に手話で法律学の講義、旧優生保護法弁護団、「コミュニケーションバリアフリー社会」をめざすNPO法人インフォメーションギャップバスター」の理事、各地での講演・学習会、ろう学校での講演などで全国を飛び回っています。
それと同時に、「聴覚障害のきょうだいをもつSODAソーダの会」の代表、「Sibkotoシブコト障害者のきょうだいのためのサイト」の共同運営など、幅広い活動をされています。

藤木さんは、いつも笑顔で様々なことに挑戦し続けているアグレッシブな女性という印象。ただ、その笑顔の裏には、「難聴の弟」の存在があり、「聴者の姉」である藤木さんの人生観に影響を与えてきました。
そこで、「弟さんからどのような影響を受けたか?」、「手話ができる弁護士を目指したきっかけは?」などの質問を中心にお聞きしました。
なお、このインタビューは、HAPUNEスタッフのくまちゃんが行いました。どうもありがとうございました。

「SODA(ソーダ)」とは?

「SODA(ソーダ)」とは、「聴覚障害のきょうだいをもつ人」という意味です(Sibling Of Deaf の略です)。また、「Sibling(シブリング)」とは、英語で「きょうだい」という意味です。

「きょうだい」、「きょうだい児」とは?

「障害のある人の兄弟姉妹」のことを平仮名で「きょうだい」、「きょうだい児」といいます。障害の種類・程度、手帳や診断の有無は問いません。

「SODA」「きょうだい」として考えてきた人生

弟とのけんかから見えた「障害」


藤木さんは、弟さんとはよく一緒に遊び、取っ組み合いのけんかも。この弟さんとのけんかが、「聴覚障害」について考えた最初のきっかけでした。(当時のコミュニケーション方法は大きくゆっくりの口話と身振り。)
弟さんとけんかをすると、親御さんや周囲の大人からは、「お姉ちゃん、きこえるあなたは弟を助けてあげなきゃいけないのだから我慢しなさい」とよく言われました。
藤木さんとしては、「けんかにきこえる・きこえないは関係ないのに」と不満だったそうです。
「きょうだいとして対等」でありたいのに、「きこえる・きこえない」で区別され、けんかもしてはいけないとなると、「聴覚障害」という「障害」を必要以上に大きい存在にしてしまっている気がした・・・。それが、藤木さんの思いの原点にあると話します。

そうだ、弁護士になろう


小学校低学年の頃から、「私と弟はきょうだいとして対等」、「きこえる・きこえないに関係あること、関係ないこと」を適切に(=合理的に)整理して考え、「助けてあげる」ではなく「助け合っていきたい」という、今でいえば「共生」、「合理的配慮」と同じような趣旨のことを言い続けていた藤木さん。しかし、なかなか理解してもらえず、親御さんや周囲の方に困った顔をさせてしまったのが悲しかったそうです。
それでも、自分の考えは決して間違っていないと信じ続け、子どもなりに思いついたのが、「そうだ、弁護士になれば自分の思いや考えを認めてもらえるのではないか」ということでした。

弁護士になってから、藤木さんは、手話通訳が入ることで親子やきょうだいが「はじめてのけんかや話し合い」ができた場面に、いくつも立ち合います。ぶつかり合うことも多いですが、話し合い後に「けんかすらできなかったことに気付いた」、「遅すぎたけれど話せてよかった」とおっしゃる方もいるそうです。
こういった瞬間、「弁護士になってよかった」と感じるとのこと。そして、このような現実を、子育て中の親御さんや学校の先生などに伝え、次世代に同じ経験をさせてはいけないと改めて心に誓うそうです。

手話との出会い

高松手話通訳訴訟

弁護士1年目の時に「高松手話通訳訴訟」という裁判が始まり、自分からろう者の弁護士に連絡を取って弁護団への参加を希望。29歳で弁護士になったばかりの藤木さんにとって、はじめての大きな裁判でした。
この裁判は、ろう者のお母さんが聴者の娘さんの志望校である専門学校の説明会への手話通訳派遣(公費派遣)を高松市に依頼したところ、それを断られたというきっかけで始まりました。裁判は2年半もかかりましたが、全国からの応援もあって、高松市の制度が改善され、勝訴に近い和解を勝ち取ることができたのです。
その時に藤木さんは、ろう者、手話通訳者、聴覚障害関連団体の方々などに出会います。手話の世界、ろうあ運動の世界との「はじめての出会い」でした。

「手話ができる弁護士」をめざした理由

手話の世界には、社会を変えてきた尊敬できる人生の先輩、助け合い、学び合い、高め合うことができる仲間がたくさんいました。子どもの頃から弟さんとのけんかを通して感じてきた自分の思いや考えを自然に話せ、はじめて認めてもらえたことなど、手話の世界に自分の居場所を実感できたという藤木さん。
高松手話通訳訴訟の他にも、アメリカ視察メンバーとして先輩らと1週間を共にしたり、地域の方々と関わったりしていくうちに、「手話ができる弁護士」をめざすようになりました。

国リハ 手話通訳学科へ

その後、藤木さんは、4年間の弁護士活動を経て、国立障害者リハビリテーションセンター学院手話通訳学科(国リハ)に2年間通うことを決意しました。

入学を決意した理由

まずは直接的なもので、充実した環境で集中して手話を学びたかったから。「少し手話ができる」という中途半端なままでは嫌だったそうです。
そして、最大の理由は、「ろう者の弁護士」でもなく「聴者の弁護士」でもない、「SODAの弁護士」としての自分をはっきりと確立させたかったから。「私は何を求められているのか」、「私はどうありたいのか」と、藤木さんは自問自答していました。
そのような時に国リハの先生方が書いた本を読み、国リハでろう者やそのご家族、手話通訳者の考え方や生き方を学ぶことがヒントになるだろう、今がそのタイミングだと直感して入学を決意したのです。

自分の土台を確立

その直感通り、国リハでは、授業、先生方や他の学生との会話のやりとりなど、すべてが新しい発見やヒントに溢れていました。通訳の実践では改めて難しさを知り、できない苦しさを感じたものの、学び、成長できることはとても楽しく、幸せな2年間の毎日だったと振り返ります。
何より最大の変化は、多くのろう者、手話通訳者、ご家族の立場の先生方の生き方の一端に触れ、「私の体験したことはSODAとして貴重な体験だった」、「私だからできることがある」とはっきりと自信をもてるようになったことです。子どもの頃から心の奥底に抱え、ある部分では原動力にもなっていた他の家族へのうらやましさが消えていったそうです。
世の中のあらゆる偏見や差別に対して、多くの人が乗り越えてきたのと同じような流れの中に自分もいる、という視点、勇気をもてるようにもなっていきました。
今後は、実際の現場で学び、成長していきたい。手話通訳士・者をめざして頑張りたい。藤木さんは次の目標に向かって前進しています。

現在の活動と夢

手話などに関する活動

現在の仕事の半分程は、法律相談や会議、講演会など、直接手話を使う仕事や手話通訳が付く仕事で、何らかの形で手話と関わっているそうです。
具体的には、筑波技術大学の聴覚障害学生に手話で法律学の講義、日本手話研究所の「手話で日本国憲法」の解説の作成、旧優生保護法被害弁護団、障害者差別解消法に関する講演・学習会、家族関係に関するろう学校での講演など、活動は全国に広がっています。

また、「コミュニケーションバリアフリー社会」を推進する「NPO法人インフォメーションギャップバスター」の理事も務め、電話リレーサービス、当事者研究、他団体との連携などに取り組んでいます。

「きょうだい」、「SODA」を知ってもらいたい

また、藤木さんは、「きょうだい」、「きょうだい児」、「SODA」の活動にも力を入れています。下記のリンク先などをご覧になって、関心をもたれた方は、こちらを見てご連絡ください。また、必要な方に情報をお伝えいただけるとありがたいとのことです。

Sibkotoシブコト障害者のきょうだいのためのウェブサイト(共同運営)
「きょうだい(Siblingシブリング)のコトをきょうだいのコトバで語ろう」という共同運営者5人の思いを込めて、2018年4月に試験的にスタート。約8カ月できょうだいの会員登録が400人以上となっており、たしかなニーズを感じているそうです(2019年1月現在)。
「大きな夢をいえば、将来的にはきょうだいの会員が1万人を超え、体験や声、ヒントなどの投稿が500、1000以上のアーカイブになって、きょうだい同士がつながりあい、自分らしい未来像を描くためのヒントになれば」とビジョンを語ってくれました。

聴覚障害のきょうだいをもつSODAソーダの会(運営)
いつかSODAで飲み会がしたいというのが最初の目標。CODA(聴覚障害の親をもつ聞こえる子ども)の方々と連携して活動しているそうです。

ファーストペンギン(20代、30代を中心とするきょうだいの会)(共同運営)


20代、30代を中心とするきょうだいが、月1回程度、都内で集います。飲み会も盛り上がっているそうです。

旧優生保護法についてのご本人きょうだいご家族の大切な思い
非常にセンシティブなテーマですが、家族の立場のひとりとして、自分の問題として優生思想に向き合うために弁護団への参加を決意したそうです。
【新聞掲載】「障害ある人の姉として、優生思想と向き合い前へ」(朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASL7N5HZ6L7NUBQU016.html

「様々な活動の場に恵まれている」、「金色の弁護士バッヂがいぶし銀になるのをめざして一生の仕事にしたい」という思いの藤木さん。
「優しく強くありたい」、そして、自分自身を含むすべての人が「生まれてきてよかった」と思える社会にしていきたい、と藤木さんは語ります。
最後には、藤木さんの周囲で「手話に理解がある弁護士」も増えている中、これからも、ろう者・難聴者、弁護士、手話通訳者などの多くの先輩方、仲間から学び、「手話のできる弁護士」をめざす道のりを頑張っていきたい、と力強く話してくれました。今後の活躍が楽しみです。
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ABOUTこの記事をかいた人

きこえない人(聴覚障害者、ろう者、難聴者、中途失聴者)ときこえる人(健常者)の間の壁をなくしていく団体HAPUNEの代表。 インタビューを中心にマルシェなど様々なこともしています。